⓪本記事の3行要約
- 『野球のOR』から盗塁の効果を検証したい。
- 期待得点・得点確率から損益分岐点盗塁成功率を算出した。
- 盗塁で得するには6~8割の成功率が必要だった。
①盗塁について
-(1)盗塁とは
盗塁とは、攻撃側チームによって実行される野球の作戦の一つです。おもに投手の投球中に走者が次の塁への進塁を試みるプレーを指します。そして、捕手の送球よりも先に次の塁へたどり着けば進塁が認められ、それより先に送球を受けた野手にタッチされれば進塁は認められずアウトとなります。
-(2)盗塁の論点
このとき、盗塁成功は進塁をもたらすため得点に近づく正の要因ですが、盗塁失敗は走者が失われるため得点から遠ざかる負の要因になります。そのため、盗塁が得点に与える影響は盗塁成功率に依存すると考えられます。
-(3)本記事の方針
本記事では、『野球のOR』の期待得点・得点確率(以下、理論値)算出法を利用して、NPB各球団における各理論値を計算します。そして、得られた各理論値から盗塁の損益分岐点となる盗塁成功率を導出します。
➁期待得点・得点確率の算出
-(1)『野球のOR』における算出法
本記事では、『野球のOR』で用いられた各理論値の算出法を用いて分析を行います。この算出法については過去の記事にて詳細を解説したためここでは触れませんが、次の仮定のもとで期待得点・得点確率の算出を行っている点に留意する必要があります。
-(2)このモデルの注意点
これは野球を野球盤のように捉えたモデルであり、現実の競技とは大きくかけ離れた内容となっている点に注意が必要です。また、このモデルにおける二塁走者と三塁走者は同値であるため、三盗は盗塁成功率が100%でない限り必ず負の効果をもちます。よって、以降の議論では分析の対象をとなる塁状況を1塁と12塁のみとし、2塁走者のみの盗塁は分析の対象としないことにします。
[仮定]
・仮定➁:打席結果は表1の6種類のみで成績に従い確率的に決定される。
・仮定③:走塁は打席結果のみに従い、表1のとおりに対応する。
・仮定④:仮定①~③で想定されないプレー(盗塁・失策等)は無視する。
※『野球のOR』における各理論値の算出法の解説はこちら
③損益分岐点の導出法
-(1)盗塁の効果とは
まず、作戦の実行が勝利確率に与える影響を作戦の効果といいます。そのため、盗塁の効果は盗塁を実行した場合と実行しなかった場合の勝利確率の差として表現されます。
しかし、実際に勝利確率を観測・推定することは困難です(実際にはセイバーメトリクスにより実施されています)。そこで、期待得点と得点確率に与える効果を考えましょう。すると、期待得点と得点確率に与える盗塁の効果は次のように表すことができます。
・盗塁の効果 (得点) | = | 盗塁成功率×E[得点|盗塁成功後の場面]+(1−盗塁成功率)×E[得点|盗塁失敗後の場面]− E[得点|盗塁前の場面] |
・盗塁の効果 (得点確率) | = | 盗塁成功率×P[得点≧1|盗塁成功後]+(1−盗塁成功率)×P[得点≧1|盗塁失敗後の場面]− P[得点≧1|盗塁前の場面] |
-(2)盗塁の損益分岐点とは
このとき、盗塁の効果が0であるときの盗塁成功率を求めることで、損益分岐点となる盗塁成功率が次のように求まります。
・損益分岐点盗塁成功率 (得点) | = | E[得点|盗塁前の場面]−E[得点|盗塁失敗後の場面] |
E[得点|盗塁成功後の場面]−E[得点|盗塁失敗後の場面] |
・損益分岐点盗塁成功率 (得点確率) | = | P[得点≧1|盗塁前の場面]−P[得点≧1|盗塁失敗後の場面] |
P[得点≧1|盗塁成功後の場面]−P[得点≧1|盗塁失敗後の場面] |
④損益分岐点とチームOPSの関係
-(1)分析結果
ここでは、2021年度のチーム成績から盗塁の各理論値に与える効果の損益分岐点を計算しました。その結果をまとめたものが表2・3です。
-(2)考察
これによると、期待得点の損益分岐点盗塁成功率はアウト数と負に比例するのですが、得点確率の損益分岐点盗塁成功率はアウト数と正に比例します。また、2021年度の中日・日ハムはOPSが著しく低いことを考慮すると、OPSが高いほど損益分岐点に必要となる盗塁成功率が高くなるという傾向が読み取ることができます。
-(3)モデルの限界
また、盗塁によって損失を出さないためには6~7割程度の盗塁成功率で十分です。これはそれほど高いハードルでないように感じます。また、期待得点の損益分岐点盗塁成功率は重盗の方が低いのですが、得点確率の損益分岐点盗塁成功率は単独スチールの方が高くなっています。
しかし、これらの興味深い分析結果は仮定③が原因であると考えらえます。つまり、二塁走者の過大評価と三塁走者の過小評価が原因であり、野球の本質的な性質ではないのです。これは今後の分析の大きな課題です。
⑤おわりに
-(1)まとめ
本記事では『野球のOR』の期待得点・得点確率の算出法を利用して、各場面における盗塁の効果を検証しました。その結果、盗塁が正の効果をもつためにそこまで高い盗塁成功率が要求されないことが明らかとなりました。また、打順を構成する打者のOPSと損益分岐点となる盗塁成功率は正に比例する傾向があることも明らかとなりました。
-(2)今後の展望
しかし、前者の分析結果は2塁走者が単打で生還できるという現実離れした仮定によるものではないかという疑念が残されています。この疑念については今後の分析において解消したいと思います。
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