⓪本記事の3行要約
- シミュレーションから各イニングや得点差における勝利確率を推定した
- 勝利確率から各イニングや得点差における得点確率を推定した
- 得点期待値や得点確率だけでは勝利確率の最大化を語れない
➀野球の目的について
-(1)野球の目的とは
各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする。
公認野球規則1.05
野球とは、相手チームより多くの得点を記録することで、試合に勝利することを目的としたスポーツです。これは公認野球規則によって定められていおり、反論の余地はほとんどないでしょう。
-(2)得点期待値VS得点確率
では、攻撃面に限定して議論を進めましょう。相手チームより多くの得点を記録するためには、一体どのような戦略を執ればよいのでしょうか。例えば、期待得点と得点確率のどちらを最大化すればよいのでしょうか。もしかすると、セーフティリードとなる確率を最大化させる戦略が最も有効かもしれません。
-(3)本記事の方向性
本記事では、シミュレーションによって各試合状況における勝利確率を求めることで、得点の価値を推定します。そこから、勝利確率を最大化させるにはどのような戦略を採用すべきかを議論します。
➁勝利と得点の関係を考察する
-(1)鳩山(1979)の回答
攻撃側の問題としては年間の勝率最大化イコール
毎試合における勝つ確率の最大化と考えて差し支えなく,
打順の決定および代打の選択の問題を無視すれば,
イニングにおける期待得点数の最大化問題とみなせる.
鳩山(1979)『野球のOR』
鳩山(1979)では、選手・監督・経営陣といった立場によって野球の目的は異なるとしています。そして、監督の立場における最終目的は優勝であるから、各試合においては監督は勝率の最大化を追求します。そして、これは攻撃側面における期待得点数の最大化と同値であると主張しています。
この主張は本当に正しいのでしょうか。確かに、物事を直感的に考えるとこのような結論に至ってしまいがちです。では、ここで立ち止まってもう一度考えてみましょう。勝率の最大化が期待得点数の最大化と同値であるといえるのでしょうか。
[参考論文]・鳩山(1979)『野球のOR』
-(2)鳥越(2010)の回答
セイバーメトリクスには様々な場面における勝利確率の計算を試みる取り組みがあります。その手法をNPBに応用したのが鳥越(2010)です。ここでは各イニングの得点差における勝利確率を推定しています。
これによると、点差が大きくなるほど1点の価値は逓減する傾向があります。また、イニングを重ねるごとに1点の価値は重くなるようです。つまり、この分析結果は期待得点数の最大化と勝率の最大化は同値ではないということを示唆しています。
しかし、この論文における勝利確率の推定方法はやや難解です。そこで、次章以降ではシミュレーションによって各イニングの得点差における勝利確率を推定していきます。
③シミュレーション方法
-(1)シミュレーションによる得点算出法
本記事では、乱数によって打席結果を決定させるモンテカルロシミュレーションを用いて分析を行います。この算出法の大枠については過去の記事にて解説したためここでは触れませんが、章末の仮定のもとで野球を疑似的にシミュレーションしている点に留意する必要があります。
-(2)シミュレーションの改善点
大まかには野球を野球盤のように捉えたモデルであり、現実の競技とは大きくかけ離れた内容となっている点に注意が必要です。なお、ここでは2塁走者が単打で生還する確率を60%と仮定することにより、『野球のOR』や野球盤の再現において生じた2塁走者の扱いによるバイアスを解消しようと試みています。
-(3)投手に対する代打とDH制の再現
また、ここでは7回以降に投手へ打席が回ってきた場合には控え選手が代打として起用されるものとしており、DH制ありの場合には9番に控え選手が起用されるものとしてシミュレーションしています。
-(4)得点価値の推定法
ここでは、シミュレーションによって各イニングのそれぞれの点差における勝率を明らかにします。すると、その勝率の差分から勝率換算した得点の価値を疑似的に求めることができます。具体的な計算についてはPythonのコードをご参照ください。
まず、n回時点でm点差であるときの条件付き勝利確率を考えます。このとき、n回にm点目を記録することで得られる勝利確率の増分は、その状況における得点価値であると考えることができます。すると、各イニングのそれぞれの点差における勝率から得点価値を次のように求めることができます。
n回におけるm点目の価値 | = | P(勝利|n回,m点差)-P(勝利|n回,m-1点差) |
なお、実際の試合では引き分けが存在するため、この方法で推定された得点価値は正確であるとは言えません。
[仮定]
- 打席結果は表1の6種類のみで成績に従って確率的に決定される。
- 走塁は打席結果のみに従い、表1のとおりに対応する。
- 2塁走者が単打で生還する確率pは0.6である。
- 以上の仮定で想定されないプレー(盗塁・失策等)は無視する。
※『野球のOR』における期待得点と得点確率の算出法の解説はこちら
④シミュレーション結果
-(1)試合における得点分布
ここでは、2021年阪神の打順別成績による9イニングの得点をシミュレーションしました。その結果をまとめたものが図1です。これによると、試合総得点のヒストグラムは右裾引き型の形をしています。
-(2)先攻チームにおける表終了後の得点差と勝利の関係
では、本題に入りましょう。先のシミュレーション結果から、先攻チームにおける各イニングと得点差の勝利確率を求めたものが表2です。これによると、点差が広がりイニングを重ねるにつれて勝利確率が5割から離れていくようです。
このとき、得点期待値や得点確率と勝利確率の関係はどうなっているでしょうか。実は、得点期待値や得点確率を改善させたからといって、勝利確率が改善されるとは限らないのです。
例えば、2回表で2点ビハインドの場面における作戦➀(必ず2得点できる)と作戦➁(50%の確率で3得点できるが残りの確率で無得点)を考えます。このとき、どちらの作戦がが優れているでしょうか。作戦➀の方が得点期待値と得点確率が優れています。しかし、実は作戦➁の方が勝利確率が高いのです(ここでは引き分けを考慮していないことに注意してください)。
また、勝利確率から先行チームの各イニングと得点差における1点の価値を求めたものが表3です。これによると、点差が広がるにつれて1点の価値は小さくなります。対して、イニングを重ねるごとに1点の価値が大きくなることが分かります。
では、2回表で2点ビハインドの場面に注目しましょう。このとき、点差を重ねるにつれて1点の価値は逓増します。そして、逆転の1点をピークに1点の価値は逓減していきます。つまり、同点までの2点よりも逆転の1点の方が価値があるという逆転現象が起きているのです。
-(3)後攻チームにおける裏終了後の得点差と勝利の関係
今度は後攻チームにおける各イニングと得点差の勝利確率を求めたものが表4です。ここでも、点差が広がりイニングを重ねるにつれて勝利確率が5割から離れていく傾向が同様に読み取れます。
しかし、イニングが得点確率に与える影響は先攻時と比較して小さいようです。
また、勝利確率から後行チームの各イニングと得点差における1点の価値を求めたものが表5です。これによると、点差が広がるにつれて1点の価値は小さくなります。対して、イニングを重ねるごとに1点の価値が大きくなることが分かります。
こちらは得点差が勝利確率に与える影響の変動は大きいようです。しかし、その変動自体は平準化されているようで、先攻時にみられた逆転現象の傾向は弱くなっています。
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