⓪本記事の3行要約
- 方程式のモデルから川相選手における送りバントの効果を検証したい。
- 一塁時に得点確率を向上させる効果が確認された。
- その他の場面では負の効果が確認された。
➀川相さんと送りバントについて
-(1)川相昌弘さんとは
川相昌弘さんとは1983年から2006年に巨人・中日で活躍したプロ野球選手です。走攻守の三拍子がそろった選手であり、通算47盗塁・通算1199安打・ゴールデングラブ賞6回受賞を記録しています。しかし、最も高く評価されているのが犠打能力であり、通算533犠打はギネス世界記録に認定されています。
-(2)川相さんの送りバントに効果がない?
MBSテレビの「戦え!スポーツ内閣」内において、番組スタッフが川相さんに送りバントをするべきではないというデータの存在を伝えるくだりがありました。すると、川相さんは「数値だけで判断はできない」と返答したようです。
これはお互いの言い分に説得力があります。川相選手の現役時代には送りバントが過大評価されていたため、川相選手は送りバントを記録しすぎていた可能性が高いです。しかし、送りバントには戦略的な側面があるます。そのため、セイバーメトリクスの静学的な方法では送りバントを十分に分析しきれていません。
-(3)本記事の方向性
本記事では方程式を用いたモデルから期待得点・得点確率を算出することで、1991年の川相選手における送りバントの損益分岐点を計算します。そして、送りバントは本当に無意味なのかを検証します。
➁期待得点・得点確率の算出法
-(1)方程式による期待得点・得点確率の算出法
本記事では、イニングを連立方程式として表現するモデルから期待得点・得点確率を算出します。この算出法の大枠については過去の記事にて解説したためここでは触れませんが、下の仮定のもとで野球を疑似的にシミュレーションしている点に留意する必要があります。
-(2)野球をリアルに再現する工夫
大まかには野球を野球盤のように捉えたモデルであり、現実の競技とは大きくかけ離れた内容となっている点に注意が必要です。なお、ここでは2塁走者が単打で生還する確率を60%と仮定することにより、『野球のOR』や野球盤の再現において生じた2塁走者の扱いによるバイアスを解消しようと試みています。
[仮定]
- 打席結果は表1の6種類のみで成績に従って確率的に決定される。
- 走塁は打席結果のみに従い、表1のとおりに対応する。
- 2塁走者が単打で生還する確率pは0.6である。
- 以上の仮定で想定されないプレー(盗塁・失策等)は無視する。
※方程式による期待得点と得点確率の算出法の解説はこちら
③損益分岐点の導出法
-(1)送りバントの効果とは
まず、作戦の実行が勝利確率に与える影響を作戦の効果といいます。そのため、送りバントの効果は送りバントを実行した場合と実行しなかった場合の勝利確率の差として表現されます。
しかし、実際に勝利確率を観測・推定することは困難です(実際にはセイバーメトリクスにより実施されています)。そこで、期待得点と得点確率に与える効果を考えましょう。すると、期待得点と得点確率に与える送りバントの効果は次のように表すことができます。
・期待得点への効果 | = | E[得点|ある状況のバント後]−E[得点|ある状況の強攻後] |
・得点確率への効果 | = | E[得点確率|ある状況のバント後]−E[得点確率|ある状況の強攻後] |
-(2)バント成功率と守備率の導入
このとき、送りバントにはバント失敗や野手のミス(エラーやFC)が伴います。そこで、バント失敗時には先頭の走者がアウトとなり、守備ミス時には打者がアウトにならないものと仮定しましょう。すると、期待得点と得点確率に与える送りバントの効果は次のように表すことができます。
・送りバントの効果 | = | バント成功率×守備率×E[得点|送りバント成功後]+ バント成功率×(1−守備率)×E[得点|エラー後]+ (1−バント成功率)×E[得点|送りバント失敗後]−E[得点|送りバント前] |
・送りバントの効果 | = | バント成功率×守備率×P(得点≧1|送りバント成功後)+ バント成功率×(1−守備率)×P(得点≧1|エラー後)+ (1−バント成功率)×P(得点≧1|送りバント失敗後)−P(得点≧1|送りバント前) |
-(3)送りバントの損益分岐点
このとき、それぞれの送りバントの効果が0のときを仮定することで、損益分岐点となる守備率はバント成功率を用いて以下のように求めることができます。
・損益分岐点守備率 | = | ((1−バント成功率)×E[得点|送りバント失敗後]+ バント成功率×E[得点|エラー後]−E[得点|送りバント前]) | |
(バント成功率×(E[得点|エラー後]−E[得点|送りバント成功後])) |
・損益分岐点守備率 | = | ((1−バント成功率)×P(得点≧1|送りバント失敗後)+ バント成功率×P(得点≧1|エラー後)−P(得点≧1|送りバント前)) | |
(バント成功率×(P(得点≧1|エラー後)−P(得点≧1|送りバント成功後))) |
④分析結果
-(1)各打者の期待得点・得点確率
ここでは、1991年度の巨人打線における期待得点と得点確率を計算しました。その結果をまとめたものが表2・3です。なお、ここでは1991年度巨人における投手の打撃成績データが入手できなかったため、ここでは2021年度のデータを流用しています。
これによると、意外にも無死一塁時の期待得点が最も高いのは2番打者の川相選手で、同状況で得点確率が最も高いのは3番打者の駒田選手のようです。
-(2)損益分岐点
次に、川相選手における送りバントの損益分岐点をまとめたものが図1・2です。このとき、川相選手の通算送りバント成功率は0.95ほどであり、2021年度の守備率(1991年度は不明)は0.99であることに留意してください。
図1によると、バント成功率が95%であるときの損益分岐点守備率はおおよそ80%以下です。そのため、送りバントが期待得点に正の効果を与えるとは考えられず、実際には負の効果をもつと予想されます。
図2によると、走者2塁や1・2塁におけるバント成功率が95%であるときの損益分岐点守備率はおよそ70%以下です。そのため、これらの状況において送りバントが得点確率に正の効果を与えるとは考えられず、実際には負の効果をもつと予想されます。
しかし、走者1塁におけるバント成功率が95%であるときの損益分岐点守備率は100%を超えています。つまり、走者1塁においては送りバントが得点確率に正の効果を与えると考えられます。
これは、9回裏同点時の無死・一死における走者1塁時に川相選手がバントすると勝利確率が増加することを意味します。つまり、送りバントは無意味ではなかったのです。しかし、1991年に川相選手は126試合の出場で66犠打を記録しましたが、全てがこのような状況で記録されたとは考えられないでしょう。そのため、トータルでは負の効果がもたらされている可能性があります。
⑤おわりに
本記事では1991年の巨人打線における期待得点と得点確率を計算することで、川相選手における送りバントの損益分岐点を計算しました。その結果、9回裏同点時の無死・一死における走者1塁時の場面において川相選手の送りバントは勝利確率を向上させることが明らかとなりました。つまり、川相選手の送りバントは無意味ではなかったのです。しかし、他の場面においては勝利確率を低下させることが濃厚なため、シーズン全体では送りバントに負の効果があったと考えられます。
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